難病・心アミロイドーシス・母の病気

心アミロイドーシスの母について

闘病・心アミロイドーシス一連の流れ

母が新アミロイドーシスの症状が出てから心肺停止に至るまでの一連の流れをまとめます。

 

2016年 1月

 息苦しくなり、水平に眠れないという。

 

2016年 2月

 心不全ということで普通の内科で入院。

 除水後、3週間程度で退院。

 ※原因は心肥大などの、普通の心不全と考えられていた。

 

2016年 3月

 回復し、近所の公園までぐらいなら歩いていける程度に。

 

2016年 6月

 息苦しさがまた増し、また2月に入院した先で再入院。

 通常の心不全の治療。

 

 利尿剤、減塩など。

 まだ、心アミロイドーシスと診断されず。

 

 病院内のトイレまで自力で歩ける。

 

2016年 7月上旬

 利尿剤、減塩、心不全の通常の治療をするも、症状が悪化し大きな病院に転院。

 

 トイレは病室に。

 歩いての部屋の移動が困難に。

 

2016年 7月中旬

 心アミロイドーシスかもしれないと言われる。

 腎臓は片方動かず、片方もあまりよくない。

 

 骨髄穿刺の検査

 

2016年 7月下旬

  心アミロイドーシスがほぼ確定

  透析開始。(首から)

 

  部屋の中にあるトイレまで移動できないため、管を通す。

  食欲が少しずつ低下。

 

2016年 8月上旬

  心臓の悪化から血圧がかなり下がってくる。

  ※もともと高血圧だった。

 

  食欲がなくなる。

  寝返りができなくなる。

  食事はアイスクリームやゼリーなど。

  会話もおぼつかなくなるときが出てくる。

 

  --父がお世話になった葬儀会社の方と話をし始めました。

 

2016年 8月中旬

  血圧が上70台まで下がる。

  透析中に血圧が低下し容態悪化、そして心肺停止に。

 

亡くなる二日前、とても親しかった友人が遠方からお見舞いに来てくださり、そのときは意識がはっきりし、会話もしっかりできました。

 

私には一見回復したかのように見えましたが、母はこの時とても気を張っていたのでしょう。

その友人は父が亡くなる直前にも会いに来てくださっています。

 

もしかすると母は何か悟ったかもしれません。

 

次の日から話すことすらままならぬようになりました。

そして、お医者様からは、もって数日だと言われました。

 

看病していた妹は、お医者様から、明日の透析ぐらいが危ないかもと言われていたようです。

 

そしてその通りになりました。

 

以上、亡くなるまでの経過でした。

 

お医者様の言われる余命が亡くなる時期が近づくに連れ正確になっていきました。

 

心アミロイドーシスは脳に特に影響があるわけではないので会話はギリギリまでできます。

 

ですが、体はドンドン蝕まれています。 

 

心の準備、また身の回りのことなども準備をすすめるたほうがよいと思います。

 

葬儀会社とも、母にはそれを知らせず、話をしていました。

 

葬儀は思っている以上に大変です。

父がお世話になった葬儀会社に心アミロイドーシスと判明したあと、弟は話をしにきました。

 

その為、その後のことも滞りなくすすめることができました。

 

心アミロイドーシスと判明されたら色々なご準備を。